大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和46年(オ)269号 判決 1975年8月06日

上告人

株式会社青木商店

右代表者

青木茂

右訴訟代理人

金井和夫

被上告人

吉田藤太郎訴訟承継人

吉田勇

右訴訟代理人

吉田耕三

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所金沢支部に差し戻す。

理由

上告代理人金井和夫の上告理由について

原審の適法に確定した事実によれば、

(一)  福井地方裁判所は、抵当権者早瀬重志の申立により、債務者渡勝栄、同渡アサノの各所有にかかる本件不動産につき競売手続を開始し、被上告人は昭和三八年一二月一二日代金一〇七〇万円でこれを競落したところ、競落代金の支払をしなかつたので再競売に付せられたが、再競売期日の三日前までに買入代金、代金支払期日より代金支払日までの利息及び手続の費用合計四万四三二三円を支払つたので、昭和三九年三月九日再競売手続は取消となつた。

(二)  上告人は、右競売手続において配当要求をしたが、上告人が本件不動産について有する根抵当権及び右根抵当権によつて担保される債権として届け出たものは、次のとおりである。

(イ)  訴外株式会社福井相互銀行は、昭和三三年一二月一八日債務者渡アサノ及び連帯保証人渡勝栄との間に、渡アサノ振出、裏書、引受若しくは保証にかかる手形債務につき、手形が要件の欠缺により無効となつた場合、権利保全手続の欠缺により手形上の権利が消滅した場合及び偽造、変造、滅失した場合でも手形金額と同額の債務を負担し、損害金とともに弁済する旨の特約を付した手形取引契約を締結し、右契約上現在取得し及び将来取得することあるべき債権を担保するため本件不動産につき、元本極度額三〇〇万円、遅延損害金日歩五銭の約の根抵当権設定契約を締結し、同日その登記を経由し、上告人は、昭和三七年一〇月二九日右訴外銀行、渡アサノ、渡勝栄との間において、前記手形取引契約を、現存債権をも含め根抵当権つきのまま承継することを約し、その旨の根抵当権移転の登記を経由し、渡アサノ及び渡勝栄は、自己に対する同銀行の現存債権はもちろん、上告人が現に取得し又は将来取得することあるべき債権もすべて右抵当権の被担保債権となることを確認した。

(ロ)  訴外青木茂は、昭和三四年一一月一二日債務者渡勝栄、連帯保証人渡アサノとの間に、渡勝栄の現在若しくは将来の借金及び裏書又は保証した約束手形並びに為替手形上の債務その他債務一切を担保するため、本件不動産につき元本極度額二〇〇万円、遅延損害金年三割、手形が法律上の要件を欠き又は手続の欠陥により債務者が支払又は償還を免るべき場合においても免責を主張せず、独立した民事の債務を負担したものとしてその元利金を弁済する旨の特約を付した根抵当権設定契約を締結し、同月一三日その登記を経由し、上告人は、昭和三五年四月一四日渡勝栄、渡アサノの承諾のもとに青木茂より右根抵当権をその基本契約とともに譲り受け、その旨根抵当権移転の登記を経由した。

(ハ)  上告人は、右(イ)の根抵当権によつて担保される債権として、

(1)  金額二一万〇三三五円、満期昭和三五年四月一〇日、振出地・支払地福井市、支払場所株式会社北陸銀行福井駅前支店、振出人上告人、受取人渡アサノ、支払人・引受人福栄商事株式会社、第一裏書人渡アサノ、第二裏書人渡勝栄との記載がある為替手形、

(2)  金額六七万四九〇五円、満期昭和三五年四月二〇日、その他の記載(1)と同じ為替手形、

(3)  金額七三万一四八五円、満期昭和三五年四月二五日、その他の記載(1)と同じ為替手形、

(4)  金額三〇〇万円、満期昭和三六年一〇月二一日、振出日昭和三六年九月二九日、振出地・支払地福井市、支払場所株式会社福井相互銀行福井駅前支店、振出人渡アサノ、受取人・第一裏書人株式会社福井相互銀行との記載がある約束手形金の残額一三五万円

による債権を届け出で、

前記(ロ)の根抵当権によつて担保される債権として、

(5)  金額四〇万一七六〇円、満期昭和三五年三月一三日、その他の記載(1)と同じ為替手形、

(6)  金額四〇万三二六〇円、満期昭和三五年三月三一日、支払人・引受人福栄産業株式会社、その他の記載(1)と同じ為替手形、

(7)  金額二六万八八四〇円、満期昭和三五年四月一日、支払人・引受人福栄産業株式会社、その他の記載(1)と同じ為替手形、

(8)  金額六五万〇五七四円、満期昭和三五年四月三〇日、その他の記載(1)と同じ為替手形、

(9)  金額三五万円、満期昭和三五年九月二五日、振出日昭和三五年七月二六日、振出地・支払地十津川村、支払場所十津川村平谷農業協同組合、振出人丸谷辰雄、受取人・第一裏書人中西松三郎、第二裏書人渡勝栄、第三裏書人渡アサノとの記載がある約束手形の内金二七万五五六六円

による債権を届け出た。

(三)  ところで、右(1)ないし(3)及び(5)ないし(8)の為替手形は、いずれも振出日の記載がなく、また、支払呈示期間内に支払のため支払場所に呈示されておらず、かつ、これになされた渡アサノ及び渡勝栄の裏書は期限後裏書であり、また、(9)の約束手形は、支払呈示期間内に支払のため支払場所に呈示されておらず、しかもこれになされた渡アサノの裏書は期限後裏書であつて、右各手形の所持人である上告人は、その裏書人である渡アサノ及び渡勝栄に対し遡求権を行使しえないから、なんら手形上の債権を有しない。

(四)  福井地方裁判所は、昭和三九年三月一八日の配当期日に原判決添付別紙甲号目録記載のとおり売得金交付明細表を作成したところ、被上告人は右配当期日において上告人に対する配当金七〇九万七三八四円の全部について異議を申し立て、上告人がこれを承諾しなかつたので、右異議は未完結に終つた。

というのである。

原審は、右事実に基づき、渡アサノ及び渡勝栄は、右各根抵当権を設定する際上告人に対し手形要件又は権利保全手続の欠缺等により手形上の権利が消滅した場合においても手形金額と同額の債務を負担する旨特約しているから右特約による金額の支払義務を免れないけれども、右各根抵当権の被担保債権は登記簿上手形取引若しくは手形割引契約に基づく債権と表示されているので、第三者に対する関係では手形上の債権のみが被担保債権となり、特約による債権は被担保債権となりえず、したがつて、上告人の本件配当要求にかかる債権のうち被上告人において異議のない(4)の手形の残元金一三五万円とその利息三四万一五五〇円の合計一六九万一五五〇円を除くその余の債権はいずれも優先権がなく、排斥を免れない、よつて前記甲号目録売得金交付明細表は乙号目録のとおり変更すべきところ、早瀬重志は甲号目録に異議を述べていないので、被上告人の異議によつて配当額に影響を受けないものと解すべく、上告人に優先配当できない部分は被上告人の債権額の限度で被上告人に配当し、残額は一般債権に対し比例分配法により配当すべく、その明細は原判決添付別紙丙号目録売得金交付明細表のとおりになるとして、被上告人の配当異議の請求を棄却した第一審判決を取り消し、福井地方裁判所が作成した甲号目録売得金交付明細表を右丙号目録のとおり変更している。

しかし、根抵当権の登記に登記原因として当事者の氏名の外特定の継続的取引契約及び根抵当権設定契約の各日付び名称の記載があるときは、これらの登記簿上の記載から特定される契約において当該根抵当権により担保せらるべきものとして当事者間に合意された債権は、原則としてすべて当該根抵当権の被担保債権の範囲に属することを根抵当権者において第三者に対し主張することができるものと解すべきであり、右登記簿記載の名称がたまたま「手形取引契約」又は「手形割引契約」であるからといつて、第三者に対し主張することができる被担保債権の範囲を手形上の債権のみに限定すべきではない。そして、不動産競売手続において根抵当権者が配当要求をして債権を届け出た場合は、特段の事情のないかぎり根抵当権によつて担保される有効な債権を届け出た趣旨であると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前記原審の認定した事実によれば、上告人は前記特約による債権を届け出たものとみる余地があり、そうすると、上告人はその届出にかかる特約による債権が上告人の有する根抵当権の被担保債権の範囲に属するものとして被上告人に対し優先弁済を主張することができるものというべきである。これと異なる見解に立ち被上告人の配当異議を肯認した原判決には、法令解釈の誤りがあり、この違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。それゆえ、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れないところ、本件はなお審理の必要があるので、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(岸上康夫 藤井益三 下田武三 岸盛一 団藤重光)

上告代理人金井和夫の上告理由

一、原判決は、判決に影響を及ぼすべき法令違背を犯している。

二、即ち、原判決は、その理由の三の1乃至3(判決書二〇丁裏から二二丁表まで)において、甲第五乃至一二号証の為替手形及び約束手形の効力について判断を示した際

訴外渡アサノ、訴外渡勝栄は本件根抵当権設定契約にあたり手形が要件の欠缺により無効となつた場合においても債務を負担する旨特約しているから、前記各手形が無効であつても訴外渡アサノ、訴外渡勝栄において右各手形額面金額の支払を免れないけれども、右債権は本件根抵当権の被担保債権として控訴人に対抗しえないから優先権を主張しえない。

とか

訴外渡アサノ、訴外渡勝栄は本件根抵当権設定契約の際権利保全手続の欠缺により手形上の権利が消滅した場合においても債務を負担する旨特約しているから、本件各手形額面金額の支払を免れないけれども、右債権は本件根抵当権の被担保債権として控訴人に対抗しえないから優先権を主張しえない

旨判示した。

三、しかし乍ら、右判示の如き特約は、本件に限らず、各種金融機関の手形取引契約をはじめとする多数の手形取引契約にみられるかなり一般的な特約であるが、右判示のようにかゝる特約によつて保護された債権は本件根抵当権の被担保債権として第三者に対抗しえないとしたのではその特約の価値が殆ど失われてしまうのであつて、取引界の実情を無視した見解といわねばならぬ。

四、根抵当権の被担保債権の範囲を決定せんとする場合、基本契約に関する登記が行われている限りその登記を基準に決定すべきであるとしても、本件において、完全な手形債権以外は一切被担保債権たりえないと解すべき根拠は全くない。むしろ、基本契約たる手形取引乃至手形割引契約に基いて発生した債権であるならば当然に被担保債権たるべく完全な手形債権たると特約によつて保護された債権たるとによつて差等をつけるべきではなく、上告人の主張する債権も亦登記に掲げられた基本契約に基く債権として被担保債権の取扱をなすべきものである。

五、凡そ物権変動の対抗力を登記に求める趣旨は、主として第三者に不測の損害なからしめんためであつて、根抵当権の設定登記に当つても、債権極度額が定められ登記せられておれば既に根抵当権の設定登記として有効とされる。

このようにもともと必要不可欠な登記事項ではない基本契約の内容とその解釈は、専ら契約当事者の自治に委ねらるべきものである。後順位の根抵当権者たる被上告人は、上告人の根抵当権の抵当権の存在及びその極度額を承知のうえで自己の権利を取得するに至つたものであるから、基本契約の当事者相互が明白に被担保債権たることを認めている債権を被担保債権に非らずと否認することは許さるべきでなく又そのことによつて被上告人は何等の不利益も蒙らないものと謂うべきである。

六、以上を要するに、原判決は、本件根抵当権の被担保債権の範囲に関する解釈を誤つたもので判決に影響を及ぼすべき法令の違背があるものといわざるをえないのである。

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